人類の歴史において、腐敗した国家という土壌に生じる戦争の芽は、どのように生まれてきたのでしょうか?
通常、国家の営みには「不正のライフサイクル」というものがあり、「導入期」→「成長期」→「成熟期」→「衰退期」という4つの段階をたどります。
①導入期
新国家設立、一部の権力者が不道徳心を抱き、不正を通じた利益誘導により私腹を肥やし始める
②成長期
醜人は仲間を増やし、醜・悪・偽の癒着によって富が醜勢に集中すると、政治権力も増大してルールをねじ曲げ始める。
③成熟期
国家システムは既得権益によって硬直化すると、経済が低迷する。
多くの人は不正に気がついているが、実態までは分からない。
④衰退期
国家腐敗と経済低迷により、国民の不満が高まると、反体制派が活動を始め、既得権益側と争い始める。醜勢が追い詰められると、不正の証拠隠滅のため国家システムの破壊を企む。
この衰退期になると、「権力者による戦争」か「反体制派による革命」、あるいは、類似の出来事が勃発して、現存する国家システムが破壊されます。そうすることで、一つのサイクルは終演を向かえ、新たな時代へと突入することになります。
国家の衰退期に起きる「戦争」か「革命」かの分岐点は、美勢と醜勢の力関係次第となります。
醜い勢力は、不満を抱く人々が団結するのを恐れ、人種差別・性差別・所得格差・地域紛争などを意図的に生み出して、国民の分断を図ろうとします。また、国家の衰退期では、醜い芸術を量産し、純粋な青年らを騙し騙し教育し、戦場に送り出して、この世から消し去ろうとします。
一方、醜い勢力の企みに気づいた芸術家や哲学者などが、世の中の平和を取り戻すために美しい芸術や善い哲学を推進して、人々に訴えかけることがあります。国全体に閉塞感が漂い、先行きが不透明になるほど、民衆は自分たちの心がつながり合うことで、何か新しい世界を作れるのでは、と期待して集り始める。
美しい勢力が、その時代に求められる新たな理念を生み出し、一本の旗を掲げて団結できれば、彼ら彼女らは理想国家樹立のために「革命」を仕掛け、新たな国家を樹立して、腐敗した権力者たちを厳罰に処するでしょう。
国家衰退期における多くの戦いは、いくつもの歴史の転換点を作り上げてきました。それと同時に、次のような副産物をも生み出しました。
政治権力を増大させた醜い勢力は、隣国と戦争を始めた時、科学を利用できると考える。優秀な科学者たちを動員し、高度な殺傷兵器の生産を始める。第2次世界大戦では「核兵器」を獲得し、21世紀ではAIを搭載したドローンの開発を進めている。
腐敗した国家が「大量破壊兵器」を手にすることは、権力を手にした隣国の醜勢同士が核戦争を引き起こし、互いの国民を殺して自分たちの安泰を図る危険性を生み出す。そうならないまでも、核兵器で威嚇しながら戦争を仕掛けたり、核関連施設を破壊したりして、国家システムの混乱を狙う可能性が残ります。
一方、美しい人々は、自分の力ではどうしようもないものに出会ったときに祈る。良識ある父が娘の幸せを祈るのは、娘の人生そのものは歩めないが、娘の幸せを心から願っているから。平和な世界の訪れを願い、仲間と団結し、抗議し、命懸けで戦い、遂に「表現の自由」という権利を獲得した。
世界の人々は、「表現の自由」という権利獲得によって芸術的な交流を進め、互いの心をつないで持続可能な地球を導く糸口を手に入れました。 良識のある市民らは、ネットワークを通じて、情報を共有し、助け合いながら美しく生きようと努めることで、それぞれの国に潜む醜勢に対抗する力を得られました。
臆病で堕落した醜い人間は、善良な人間を巧妙に陥れようとします。醜人らは自らの魂を売却した「自己喪失」の体験から、「人間として何を間違え、何を失ったのか?」を皮膚感覚で分かっています。
そのような醜人たちの雰囲気、彼らに接した時の自身の心や体の様子を具体的に示してみましょう。
【醜人の雰囲気】
・濁った瞳、いやらしい心使い、強引な主張、悪趣味
・醜い仲間の介入と威圧、独裁的な語調、ちりばめられた心理的圧力、誘導
・声音そのものが有する気持ち悪さ、不自然な説明、あいまいな答弁
・隠された不都合な事実、歴史の矛盾した解釈
【自身の感受】
・内面から湧き上がる不快感、違和感、胸騒ぎ、腑に落ちなさ
・見ているだけで生じる嫌気、羞恥心、居心地悪さ
・全身で感じる警戒感、悪意、殺意、冷汗
という具合に感じることができます。
醜い勢力は、人々を分断させ、輝く人間を巧妙に陥れようとする際、美・善・真の意味を偽ります。
◆醜を美として表現:一見、美しいと感じさせられるが、それは生命を滅亡に導く。
◆悪を善として演説:それ相応の道理があり善のようだが、それは社会を大混乱に導く。
◆偽を真として発表:科学的根拠を示して正しいようだが、それは捏造された実測値であり、文明を破壊に導く。
醜い勢力とは人々は何らかの力関係(敵味方、地位、続柄など)にあり、醜い勢力のやり方も非常に巧妙なため、人の知性や心性は惑わされてしまいがちです。
しかし、人々の心の世界に調和があれば、たとえ欺されたとしても、あなたの直感機能は醜い人間の危険性を訴えているものです。その恐ろしさを芸術的に表現し、「美しく生きるとはいかなることか?」を追求することで相手の狙いが見えてくるでしょう。
人類の歴史において、美しい勢力は、命がけの戦いの末に「表現の自由」という権利を獲得し、人々に付与しました。ただし、表現の自由が有する意味自体は、いつの時代においても常に明白だとは限りません。
その権利を獲得した革命の世代は、未来の世界の姿までは見通せないため、完全に表現の自由の範囲を把握していた訳ではありません。いつの時代か、私たちが芸術表現を通じて美しさの意味を悟り、生命の繁栄と持続可能な社会の実現を享受できるようにするため、表現の自由の権利を憲法に刻み込み、美の世界に通じる門の鍵を我々に託しただけです。