本書ではみなさんにエスプリデッサンについて紹介してみたいと思います。エスプリという言葉は、フランス語で機知・精神・精髄といった意味をもちますが、ここでは自分の心の世界を描き出すために用いられるアート作品としての呼び名であります。エスプリデッサンでは、エスプリ画を描き出しながら、美・善・真の探求に励んでいきます。
私は警察学校で犯罪心理学を学んだのがきっかけで、心理学・哲学といった分野に興味を覚えて、独学で人間の生き方について考察する一方、犯罪捜査の仕事に15年ほど従事する中で、容疑者・被害者・参考人など多くの人々の心の内面を観察し、人の心理への理解を実践的に深めていくようになりました。
一般市民から見ると、犯罪事件は何か特別なことと思われるかもしれませんが、嘆かわしい犯罪は人間の複雑な心模様や感情から生まれるものです。犯罪者を含む人間の内空間には多様な動きがあるため、私はその様子を注意深く観察し、さまざまな反応を帰納的に分類整理する中で心の構造を明らかにしてきました。
その一方、日本人の心を育てている源とも言える伝統文化に興味を覚えました。日本人はとても情緒的で繊細であり、心を表現する言葉を豊富に有しています。心の内面に向かう日本人の意識はいったい何に由来するのか、と幾度となく思索してみました。それは宗教のように神を崇めるものでも、心理学のように心の諸問題を分析していくものでもありません。
私たち日本人は「心は成長する」という考え方を強く支持しています。人間的な成長を「道」という概念の中に求め、日常の中で起きる辛い出来事に対しても、これは修行だと何度も自分に言い聞かせて、生きる意味を見い出そうと努めているのです。
ところが、今の時代、日本人の心のあり方が深刻な問題として浮上しています。日本人は、自然を愛し、素朴で飾らない思いを大切にしてきましたが、現代社会では、大人たちによる汚職・不倫・憎悪のような問題が頻発する一方、家庭内暴力や児童虐待も発生して社会モラルは著しく低下しています。
私たちの社会は、模範となる大人が存在するという前提で成り立っています。地域社会に生きる若者にとって、人生とはそもそも大人の模倣から開始され、親や教師のまねをしながら育つものです。
それでいて現実には、模範となる大人のいない環境で育つ青少年が増えています。今日、日本では個人主義が普及して、人々は自由となりましたが、その自由な民主主義社会でどのように生きるべきか、私たちはその基礎となる理論と技術を本当に手に入れてはいません。
それゆえ、本書では、人間の生き方を考察しながら、人生を歩んでいくための方法論を、日本の伝統的な価値観や犯罪心理学、東洋哲学などを参考にして作り上げてみました。
その基礎理論では、美・善・真を探求し、自らの感性・心性・知性を磨き上げるべき重要性を明確にしました。また、その基礎技術では、エスプリ画を描くことで、自らの心に正直に向き合いながら、社会への適応力を身につけていく方法を示しました。この理論と技術は、若者が自らの道を切り開く上で大いに役立つものとなるでしょう。
最後に、本書では人間の総合的な能力の向上を目指すため、芸術的な描写、哲学的な考察、科学的な考え方を導入しています。最初の頃は記述内容が多少難解と思われるかもしれませんが、注意深く読み進める中で、実際にエスプリ画を描いてみれば、説明の趣旨に共感できるようになるはずです。
本書があなたの人生の旅を後押しすることができればと心から願っています。
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