年の瀬の願い事
年の瀬の願い事

雪面に消えた少年

 

 1989年、師走の雪がちらつく中、白髪交じりの中年男が小さな少年を連れて道を歩いていた。その男は交番の正面ドアを開けると、粉雪混じりの冷気が室内に流れ込んでゆく。

 

 交番の中では、若い警察官が一人で書類整理をしていた。渋ら顔の中年男は少年をにらみつけながら、「こいつ、夜中になると窓に雪玉をぶつけたり、玄関のチャイムを鳴らしたりして逃げていく。やっと捕まえたので、お巡りさんからいたずらをやめるように注意してもらえませんか?」と声を荒げて告げた。

 

 その少年は薄手のシャツ一枚とズボンをはいているだけだった。年齢は7歳位、眉間にしわを寄せて、少年とは思えない刺すような視線を投げ掛けてくる。こんな薄着で凍てついた冬の夜を徘徊している小さな少年を見れば、誰もがみな驚いてしまうだろう。

 

 中年男が眉間にしわを寄せ、「もういたずらするんじゃないぞ!」と少年に告げて騒々しく外に出ていくと、交番に残された少年は警察官に明らかな敵意を示し始めた。

 

 涼しげな顔の巡査は椅子をストーブの側に持ってきて「寒いだろうからここに座りな」と優しく言った。しばらくの沈黙の後、「名前はなんていうの?」と聞いたが、向こう気の強い少年は無言のままだった。

 

 辺りには寒々しい空気がどこまでも漂っている。警察官は思案に暮れながら、裏部屋に行き、お茶を入れて少年に渡した。しばしの沈黙の後、「お母さんはどこにいるの?」と聞いたが、少年は無言を貫いている。警察官は困り果てながら、ふたたび裏部屋に行き、冷蔵庫からチョコレートバーを取ってくると、それを少年に渡し、「事情を聞きたいんだけど……」と静かに切り出した。

 

 少年は困った表情を見せながらも、ポツリポツリと答え始めた。彼は母親と2人暮らしであり、母は夕方に仕事に出るため、毎晩、一人で留守をしていると語った。けれども、なぜ外でいたずらをしていたのかを決して話そうとはしない。

 

 警察官は考えあぐねた末、隣人に迷惑をかけるのは止めるようにと少年に注意を与えた。それから、酒場に電話を入れて、少年の母親に子供を引き取りにくるようにと伝える。彼女は「仕事が忙しくて今はいけない」と願い出たが、巡査が「引き取りに来なければ少年を帰らせるわけにはいかない」と説明すると、苛立たしそうに電話を切った。

 

 暗闇が深まるにつれて、机の上のお茶がゆっくりと冷めてゆく。警察官は少年が胸中に秘めていて、どうしても口に出して言えない何かがあるのを感じ取っていた。少年の気丈な態度とは裏腹に、彼の目には悲しみと後悔の光が宿っているからだ。少年にこのようないたずらをさせる心理は、一体どのようなものだろうか? 

 

 明らかにそれは、少年の苦難の核心だろう。警察官は「どうして隣人宅の窓に雪玉をぶつけるの?」と再び聞いてみたが、絶対に言わないという強い意志を秘めて、少年は両手の拳を強く握りしめている。まだ幼さが残る拳を握りしめながら示す、ひるむことはない頑なな態度は何かを暗示していた。

 

 長い長い沈黙の後、「絶対に誰にも言わないから、お母さんにも黙っているから教えてくれないか?」と警察官が尋ねても、少年はすぐには答えを返さない。だが、しばらくためらってから、彼は遂に自らの事情を語り始めた。

 


雪の中に消えた少年
A boy disappeared in the snow